アンリアルライフを進めた。美術館~電車への乗車まで。
イベントが全体的にもっさりしてるのは世界観をゆっくり楽しむためという目で見たら、かなり納得できるものとして感じられてきた。本質はお散歩ゲー。
美術館の館長、先生を探すのにその方法は迂遠でねーかという気持ちにはさすがになった。「それ以外に縋るものがない」までは分かるけど、最善手ではないだろどう見ても。たぶん元々の企画展に戻したところで先生が見つかる可能性は1%も変わらないと思う。
色々な作品である話なのだが、こう、ストーリーのテーマの核心ではないんだけれども、核心を表現するために取る手法みたいな部分で違和感を抱くとのめり込み切れないみたいなところがある。ここは本当にセンスの合う合わないの話だと思って納得させている。納得しきらないけど。
「キカイダー」を読了した。仮面ライダーもウルトラマンも通らずに生きてきたので、この手の古典的なヒーローは初めて真面目に目を通したかもしれない。(タローマンは数えるべきではないだろう。)
勧善懲悪ヒーローものを想像していたら全然デビルマンだった。存在に悩みを抱えた主人公もの。しかも機械と人との関係の話もしているし、普通に今このタイミングだからこそテーマとして通用しそうなネタでもある。正直舐めてた。
しかし大仰なマシン名や技名はさすがにヒーローもののそれだな。これが映像じゃなくて漫画の上で行われているのが自分にとっては新鮮だったかもしれない。
あと、イチローは設定がいかにもロックマンの「ブルース」だが、何か意識されてたみたいな関係があるのだろうか?ブルースよりはおちゃらけた感じだが。
ハカイダーの造形というか顔の模様はなんかいかにも「涙」を意識しているように見えるのだが、このデザインにした理由も気になる。主人公であるジローが「人間らしさと機械らしさの合いの子」の象徴として左右非対称になっていたり、それとの対比としてイチローが左右ともメカメカしい見た目だったりするし、ハカイダーがわざわざずっと脳を出してるのも「生身の人間」ということのアピールだと思うので、なんかこのあまりにも目立つ涙模様も意味があるものと思っているのだが、今一つ分からん。
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