2022/6/30(木)

千葉雅也「現代思想入門」を読み進めた。三章までのまとめまで。以下感想(昨日眠くて書けなかった部分も含む)。

ドゥルーズは大分抽象的な割に、言われてみればまあ当たり前かなみたいな類の話が多い気がした。純粋な科学の話として、例えば水の液面の境界はどこまで拡大してもきっちりしているかと言ったらそうではなく、分子原子のスケールで見ると絶えず蒸発して水蒸気になっていたり逆に大気中の水蒸気が凝縮していたりしていて、明確にここが水中でここが大気中という境界線が引けるようなものではなかったりする。そういうなんか境界概念の曖昧さとか、所与でないところとかを色んな言葉を使って指摘分析してるのかなーと思った。

同一性に先立つものとして「差異」に着目しているのはちょっと面白いと思った。同一性というのは、人間が何か人為的に境界を引いて初めて成り立つものなので、じゃあ境界や同一性が生み出される以前からそこに存在している「何か」って何だ?という問いに対して「差異だ」というのは一つの回答として面白いと思う。ちょっと抽象的すぎる気はするけど。

アンチ・オイディプスの話はちょっと過激だけど面白いなと思った。親とか幼少期のトラウマとかそういうのだけで人生決まるわけねえだろ、というのはそれはそう。まあ影響でかいだろとは思うけど、それだけな訳がないというのは重要なツッコミ。

戦争機械のくだりは分かったような分からないような。特定の政府や特定の社会だけに反抗するのではなく、密な接続を持った国家社会自体に反抗する、というのはまあ分かる。そこでなんで戦争機械とかいうワードチョイスになるんだろう感がやや…

フーコーの話はかなり面白かった。これボエシの「自発的隷従論」でやったところだ!ってなった。「自発的隷従論」では「なぜ人々は自ら進んで圧制者に服従するのか」という疑問についてそこまで深く答えていないというか、書かれた時代の都合上さすがに近代的な思想を下敷きにした綿密な説明にはなっていないので、その辺を掘り下げる話として大分面白かった。

特に「個人」という概念は割と近代に生まれたものである、という話が興味深かった。罪悪感を内化し、様々な自己の特性をアイデンティティというものとして持つ近代的個人というのは実は所与の概念ではない、というのは自分の中にはなかった発想だった。


今日解いた競プロの問題。

ABC257-F: 解説AC。これは自力で解きたかった。

未確定テレポーターから飛べる町を町iとして、最短距離ならば町iは0回または1回通るはずである。1回通る場合、

  • 確定済テレポーターで町iに入り、未確定テレポーターで町iを出る
  • 未確定テレポーターで町iに入り、確定済テレポーターで町iを出る
  • 未確定テレポーターで町iに入り、未確定テレポーターで町iを出る

の3通りが考えられる。この3つ目の可能性に気付けなかった!ランダムなグラフでの実験とかパッとできればなあ。

未確定テレポーターとつながる町として仮想的な町xを設定する。あらかじめ町1から各町までの距離と町Nから各町までの距離をBFSで出した上で、

  • 「町1から町Nまでの距離」
  • 「町1から町xまでの距離+町Nから町iまでの距離」
  • 「町1から町iまでの距離+町Nから町xまでの距離」
  • 「町1から町xまでの距離+町Nから町xまでの距離」

のうちの最小値を出せば各O(1)で求めることができる。


部屋のVR環境を少し整えた。

ベースステーションの位置が悪く、屈むと体が隠れて検知されないといった問題があったため、位置を変えた。狭い部屋なのでどっちにしろ大したプレイ範囲は取れないのだが、最低限しゃがんで床に落ちた物を拾えるようになった。

それから、コントローラやゴーグルを片付けておく場所を設けた。机に置きっぱなしで机上の作業範囲が狭められていたのですっきりした。


このところ暑すぎて外に出る気にならず、ジョギングとかをやれていない。筋トレもしていない。明日は何かしらしたい。

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